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相愛の愛想

似て非なる

似非ニヒリズム

それでも恋慕愛慕

 

 

 

 

 野良猫は、あらゆるものを警戒していた。

 

 全てを拒絶しているかのような、冷めた瞳の黒い猫。

 

 気高くも孤高の振る舞いは、一切のものを近付けない。

 

 美しい毛並みへと迂闊に手を出せば、鋭い爪で引っかかれてしまいそうだ。

 

 そんな猫を手なずけるなら、まずエサをくれてやればいい。

 

 どんなに高いプライドも、動物の本能には逆らえず、牙をむきながらもしっかりと好物を頂戴するのだ。

 

 しかし一日の大半を寝て過ごす猫は、飼い主の愛情よりも家につく。

 

 家猫になり下がったとしても、もとは野生。

 

 たくましく自由に生きていながら、淋しがり屋でもある猫は、いつ気まぐれに次の安住の地を求めて去るか知れない。

 

 …焦ることはない、餌付けは上手くいっている。

 

 猫は一度心を許した相手には、自分から喉を鳴らして撫でろと擦り寄っていくもの。

 

 ――保健室で飼っているあの黒猫は、いまだに宮城にゴロゴロとなつくことはないが…。

 

 

 

【chapter04】

 

 

 

 予鈴とともに職員室に現れた保健教諭を、教師たちは眉をひそめ怪訝な顔で迎える。

 

 しかしそれに構わず、宮城はそのまま保健室へと向かった。

 

 鍵を開けて中に入り、カーテンと窓を開け、ベッドを仕切るカーテンを開け放つ。

 

 …開け放とうとし、――いるはずのない存在を認め、目を見開き後ずさった。

 

「うぉぁあっ!! な、なっ……何でここにいんだテメーはー!!」

 

「……ぶぶっ。『うぉぁあっ!!』、だって。宮城先生、朝っぱらからリアクションでかい」

 

 窓からの西風に黒髪を揺らし、驚きの声を上げた宮城の様子を見て笑う、一人の女子高生、美穂。

 

 どうやら美穂は合鍵で先に保健室へと入り、宮城を驚かそうと内側から鍵をかけ、カーテンで隔てたベッドに隠れていたらしい。

 

 おかげで低血圧の宮城は、一気に脈拍を跳ね上げられた。

 

 ‥クソッ

 慌てるな俺

 平常心だ、平常心

 

「白衣着てない宮城先生って、先生にみえないね。黒いシャツ着てるとホストみたい」

 

「…美穂、あのな。ここの合鍵使うとき、誰にも見られてねーだろーな」

 

「平気だよ。てか宮城先生、いつもより来るの、なんか遅くない?」

 

「そーか? 同じだろ」

 

「あー。わかった。女でしょ」

 

 ‥‥なぜ

 そう来る

 

「ハッ。ちげーよバカ」

 

 よし

 今のはさりげない

 

「…あ。ほんとに女なんだ」

 

 な、

 何でだよ

 

「な、何でだよ」

 

「だって宮城先生、いつもなら『まぁな』とか『さぁな』とか、はぐらかすのに。『違う』って、超あやしー」

 

「……」

 

 なぜ女というのは、妙なところで鋭いのか…。

 

 第6感という特殊能力でも授かってんのか?

 

 話題から逃げようとロッカーを開け、白衣を着ながら忙しそうに振る舞う宮城に、美穂の追及は止まらない。

 

「そっか…朝まで誰かといたってことは、宮城先生って、一人暮し? マンション?」

 

「……」

 

「そーなんだ。付き合ってんの?」

 

「……付き合ってねーよ、うるせーな。早く教室行けよ、遅刻すんぞ」

 

「付き合ってないのに、女の人が出入りしてるの? …フケツ…」

 

「勝手にメシつくりに来たりすんだよ。俺が呼んだんじゃねェ」

 

「あっそ? そんでメシのあとに、オンナも食べるわけ」

 

「……誰がうまいこと言えっつった。最近は食ってねーよ」

 

「最近は、って食べてたんだ…。じゃあ宮城先生は、マンションの合鍵も誰かに渡したの?」

 

「あー? んなもん渡してねーよ、めんどくせーだろ!」

 

 珍しく美穂にプライベートについて触れられ、ついムキになって返す宮城は、怒鳴ってからそれに気付いた。

 

 しかしそんな宮城にも、美穂は嬉しそうに返した。

 

「ふーん。それなら合鍵持ってるの、私だけなんだ」

 

 ‥‥何だよ

 

「って、私が持ってるの、保健室の鍵だけど」

 

 ‥‥だから何だよ

 マンションの合鍵が

 欲しいのか?

 

 学校の外で会うのは人目もあり、さすがにまずいような気がしていたが……

 

 ‥‥

 マンションの鍵が

 欲しいのか?

 

 欲しいならそう言えよ、…だがなぜそれを求めるか、それを俺に聞かせろよ!

 

「――あ、本鈴鳴った。私、教室戻るね!」

 

 ……いらねーのかよ!!

 

 思わせぶりな言葉に期待し撃沈した宮城をよそに、美穂はバッグを手に取りベッドから降りる。

 

 そして携帯を取りだし、アクセと化した合鍵を宮城に向けた。

 

「見て見て宮城先生。これなら、なくさないでしょ?」

 

「…おい美穂…、鍵を携帯につけるのはまずいだろ…外せよ、…待てコラァ!!」

 

 携帯を奪おうとした宮城の腕をくぐり抜けると、美穂は保健室のドアを開け、悪戯な微笑みだけ残して走り去っていく。

 

「宮城先生、またね!」

 

「――…ったく、アイツは…」

 

 もしも誰かに、美穂の持つ鍵があやしいと噂されたら、保健室に出入りしづらくなるのは美穂だというのに。

 

 趣味の悪いストラップは、後で外させることにして。

 

 宮城は煙草を取り出し、気分を落ち着かせようとして我に返った。

 

 ……美穂のペースに振り回され、飲まれてどーする。

 

 こっちが飲み込む、いや食らいついてイかねーと、だろ。

 

 ――わかってんのか?

 

 美穂は、美穂だけが保健室の合鍵を持っているということを。

 

 淫靡なインビテーション

 不埒なプラチナチケット

 

 合鍵はエロティックなロジックを解く、愛鍵だということを――…。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 宮城は一日の内に数回、校内を巡回する。

 

 各教室の授業風景や、サボっている生徒がいないかを見回りながら、…いつも目線は彼女を探す。

 

 特に話すことがあるわけではない。

 

 脱がしてヤりたいわけでもない。

 

 ただ、…会いたい。

 

 美穂の後ろ姿を見かけると、それだけで胸の内が高揚する。

 

 美穂という存在と接したくて、さぁどうしてやろうかと企てる一方で、美穂へと伸ばしかけた指先にまで、ピリピリと緊張感が走る。

 

 そんな自分の手のひらを見つめ、宮城が憂いに溜め息をこぼすと。

 

 数歩前を歩いていた美穂が振り返り、小さな驚きを見せた。

 

「わっ。……宮城先生、いたの」

 

 ‥いたのじゃねーよ

 こっちこそ

 驚いただろが

 

「…おいコラ美穂。またサボりかテメーは。授業ほったらかして、一体どこ行く気だ?」

 

 3時間目の授業が終わる頃。

 

 授業中に昇降口へと向かっていた美穂は、こうして宮城に捕まった。

 

 どこに外出する気なのか、…少なくとも、行先は保健室ではないことは確かだ。

 

 ‥そんな

 サボりは

 認めねぇぞ

 

「だって昼休み、コンビニ混むから…」

 

「さすがにそれは認めらんねェな。美穂だけ特別扱いするわけにはいかねんだよ。ほれ、教室戻った戻った」

 

「……」

 

 あごで促す宮城に対し、唇を尖らせては、恨めしそうな上目遣いで睨む美穂。

 

 ‥そんな

 可愛い顔しても

 ダメだ

 

 宮城が美穂を注意している間に終業チャイムが鳴ると、数人の生徒たちが階段を駆け下り昇降口へとやってきた。

 

 しかし、宮城の姿を目にして足を止めたところを見ると、――美穂と同じように、一足早くコンビニへの買い出しに向かうところだったのだろう。

 

 美穂もそれに気付いて下を向き、小さな声で呟く。

 

「……宮城先生だって、…」

 

「あ? 何だ?」

 

「……宮城先生だって、女といて…遅刻しそーだったくせに…」

 

「あぁ? 何だって?」

 

 聞こえない素振りで耳を傾け、宮城は身をかがめて美穂を覗き込む。

 

 顔を近付けられ、みるみる頬を赤らめる美穂に、わざと何度も聞き返す。

 

「なぁ。今何つった? もう一回言ってくれよ、俺の耳元で」

 

「……ちょっ、近いよ、やめてよ!」

 

「照れてんのか? 今さら…なぁ? 美穂ちゃんよォ」

 

「照 れてないし…! てか宮城先生こそ、もっと周りの目を気にしてよっ!」

 

 確かに、こちらの様子をうかがっている生徒もいるが、宮城の女子生徒びいきは周知の事実。

 

 ‥照れてんのは

 仕掛けてる

 コッチ側だっつの

 

「周りなんかどーでもいーだろ。それより、俺は美穂だけが気になるね」

 

「な、にそれ。そんなこと、みんなに言ってるんでしょ」

 

「ほらな。やけに俺につっかかるじゃねーか。まさかお前…俺に、妬いてんのか?」

 

「…や、やくとか自信過剰すぎ! ばかじゃん。しねば!?」

 

 美穂はご立腹の様子で黒い髪を翻し、宮城に背を向ける。

 

 しね、なんて

 言うなよ

 

 …怒らせたいわけじゃない、だがどうしても、からかいたくなるだけだ。

 

 つーか

 しね、なんて

 言うなよ…

 

「しねとはなんだよ…。そりゃひでーよ、美穂…」

 

「……へっ?」

 

 白衣の上から胸のあたりをギュッと掴む宮城に、振り返った美穂は目を見張った。

 

 今度は、宮城が徐々に視線を落としていく。

 

「言われた相手は傷つくだろが。特に俺のよーなガラスハートは、粉々に砕け散るだろ…」

 

「は、はぁ? なに、ガラスハートって。冗談…」

 

 …いや、冗談じゃなくて本心だけど。

 

 マジで傷付いちゃってんだけど。

 

「はぁ…。そーかよ、美穂は俺に、死んでほしーんだな…」

 

「ちょ、ちょっと。どーしたの、変だよ宮城先生…」

 

 変じゃねーよ

 

 恋だよ

 

「…わ、わかった…。もう言わない。ばかとか、しねとか、言わないから…」

 

 宮城の(半分本気の)冗談を真に受けた美穂が、宮城の頬へとそっと両手を伸ばした。

 

 黒い瞳は憂いに潤み、申し訳なさそうにして宮城を見つめている。

 

 あー‥

 やっべコイツ

 超抱き締めてェ

 

 だが今それを実行すれば、人目を気にする美穂に、またどやされるだけだろう。

 

 ……なら、美穂からさせればいい。

 

 宮城がニヤリと口角を吊り上げると、美穂はやっと宮城の悪ふざけに気付いて離れようとした。

 

 しかし、それより先に美穂の手首を捉えた宮城は、片眉を上げると勝ち誇ったように美穂を見下ろした。

 

「悪いと思ってんなら、俺にキスして詫びな。美穂」

 

「は、はー!? なんで、そんなの誰か見てたらっ…」

 

「いーから早くしろ。今なら誰もいねーから。ほら、早く」

 

「~~っ…」

 

 まだ4時間目の始まる前、休み時間の廊下で。

 

 宮城の唇を見つめ、瞳を伏せた美穂が、少し首を傾け自分の唇と重ねようと迫ってくる――…長い数秒。

 

 美穂の手首の脈の速さを、掴んだ指に感じる宮城の手が、わずかに震えていたことは…

 

 唇を柔らかく押し当てた美穂に、バレはしなかっただろうか。

 

「……これで、いいでしょ?」

 

「ま…。許してやるか」

 

「……じゃ、手離してよっ。もう教室戻るから!」

 

 宮城が自分の唇をひと舐めして美穂の手を放すと、怒りか恥じらいかで真っ赤になっている美穂は、もう二度と捕まらないようにと素早く離れた。

 

 そして振り返りもせず、教室に戻るというより、宮城の元から離れるように駆けていった。

 

 全く…、室内では打ち解けても、外で会うと他人面しやがるとは、まるで猫だな。

 

 美穂が階段を昇っていくのを見届け、宮城は保健室に戻ろうと歩きだした。

 

 が、再び聞こえた美穂の声に顔を上げると、美穂の視線の先には、ある男子生徒がいた。

 

「よーう! 今日も綺麗だなー、美穂ちゃんっ」

 

「……は? 誰だっけ」

 

 その光景を目にした宮城が、とっさにしていた行動は――壁に身を寄せ、2人の会話に聞き耳を立てること。

 

 ‥何で俺が

 盗み聞き

 してんだ?

 

 一度退場した以上、美穂の所に戻る口実はない。

 

 …いや、もう授業が始まると、教師として注意してやればいいのだが…。

 

 相手が何者かを探ってからでも、遅くはない。だろ。

 

「おいおい。俺だよ、美穂ちゃんの彼氏だよ?」

 

 ――は?

 美穂の彼氏ィ!?

 

 ‥‥殺す

 ブッ殺す

 

 殺さないまでも、彼氏の称号剥奪決定。

 

「何言ってんの? 彼氏って、勝手に決めないでくれる。ていうか、誰?」

 

 ……何だ、自称:彼氏かよ。

 

「誰って、つれないなぁー。いーかげん名前覚えろよ、条ノ内だよ」

 

 名前も覚えられていない脇役め。消えろ、このダニ。

 

 しかし、――条ノ内?

 

 …どこかで聞いた名だ。

 

『…そーいえば、こないだ条之内くんなんか、3股かけてたらしいよ』

 

 ――思い出した。

 

 女子生徒たちに浮気者の代表として噂されていた、一年の男子生徒・条ノ内。

 

 本人を見るのは初めてだ…、どんな男か品定めしてやろう。

 

 背筋の曲がった、だらしのない態度。

 

 筋肉のない痩せた体に、艶を失い痛んだ茶髪。

 

 腕や首からチラ見せさせるシルバーアクセはさりげないようで、非常にわざとらしい。

 

 しかも濃紺のブレザーに淡い色を合わせる生徒が多い中、こいつが選んだのは漆黒のシャツ。

 

 なるほど、容姿を良く見せようとする努力は買おう。

 

 素材は決して悪くもなく、女ウケしそうな雰囲気ではあるが、あくまで雰囲気のみ。

 

 恋敵としての脅威は感じられないが、しかし……どうも何か、総合的に癇に障る奴だ。

 

 宮城評価30/100点の条ノ内は、踊り場にいる美穂の前に立ちはだかって通せんぼをした。

 

「なぁなぁ美穂ちゃーん。これからどっか遊びイかねー?」

 

「……邪魔。どいて。通して」

 

「そんな怖い顔しちゃってさー。美穂ちゃんは、笑った方がかわい―よ?」

 

「……邪魔。どいて…」

 

「なぁなぁ。美穂ちゃんはどーやったら笑うわけ? 何か楽しーこととかあんの?」

 

「……、邪魔…」

 

「俺はたくさんあるよー? だから美穂ちゃん、俺と楽しーことシよー?」

 

「……」

 

「俺が連れてってヤるよ。楽しくて、キモチーとこにさ?」

 

「……、あんたの存在、超邪魔」

 

「――美穂ちゃんさー。それ、俺が心の狭い男だったらキレてるよ?」

 

 露骨に邪険な態度を取る美穂に対し、確かに条ノ内は寛大というか、しつこく粘った方だった。

 

 2人の様子を影から見守る宮城は出るに出られず、ただイライラと腹を立てながら見守るしかない。

 

 …美穂をターゲットにしたセンスの良さは誉めてやろう。

 

 だが簡単にゲットできないからこその美穂の魅力。

 

 早く諦めて退散しろ、このノミ虫。

 

「美穂ちゃんさぁ、もっとにこやかにしてみろよー。絶対今よりモテるよ?」

 

「やだ。アンタにモテたくないから。いい」

 

「笑った方が絶対かわいいって。いや、今も美穂ちゃんはかわいーけどさ?」

 

「やだ。あんたにかわいいとか絶対思われたくないから、絶対いい」

 

「――美穂ちゃんさぁ…、それ、俺が心の弱い男だったら泣いてるよ?」

 

 2人のやり取りに、思わずクックッと苦笑いする宮城。

 

 あまりの不憫さに、同性として条ノ内に同情しまいそうな程だ。

 

 今でこそ普通に会話を交わす宮城にでさえ、初めて会った頃の美穂は心を閉ざしていた。

 

 せっかくきれいな顔立ちをしているのだから、笑えばどんなに美しいか…。

 

 そんなふうに、無愛想な美穂を笑わせてみたいと思ったのは宮城も同じ。

 

 実際の美穂は、宮城の前では本気で怒るし、泣き笑いしては感情の起伏に富み、表情も豊かで明るい。

 

 ――しかし、それを他の野郎に見せるのは、もったいない。

 

「……ねぇ。それ、宮城先生?」

 

 疑問形の美穂の声に、宮城はギクリとした。

 

 一瞬、美穂に名を呼ばれたのかと、…壁に潜んでいるのがバレたのかと思った。

 

 が、美穂の質問相手は条ノ内のようだ。

 

「完全に、宮城先生意識してるよね。そのカッコ」

 

 ‥‥あぁ?

 条ノ内が

 俺をか?

 

 首を斜めに傾げる宮城。

 

 そして、首を縦に振るのは条ノ内。

 

「あの保健の先生は男の俺から見ても、カッコいいと思うしさ?」

 

 ‥ウゼェな

 人のマネなんて

 してんじゃねーよ

 

「俺もどっちかっつーと、ワイルド系だろ?」

 

 ワイルド系っつか

 チャイルド系だろ

 このお子さまが

 

「まぁそのうち、あの保健の先生が俺を意識するようになるけどな?」

 

 ‥なるほど

 大口を叩くことだけは

 立派だな

 

 つか俺を意識してんならイチイチ語尾アゲんな、胸クソ悪ィ。

 

「美穂も、俺の方がカッコいーと思うだろ?」

 

 ついに

“美穂”呼ばわりか

 このウジ虫が

 

「……ばっかみたい。ただのマネだし。宮城先生だから、似合うんだよ」

 

 美穂の言う通り、チープで陳腐なモノマネなど、ただのチンケなチン毛だ。

 

「何だよ、スタイル参考にしただけだろ? あー…。もしかして美穂、あの保健の先生が好きなのか?」

 

 ――…

 

「……何、言ってんの?」

 

 ‥‥条ノ内

 テメー‥

 

「宮城先生は、“先生”だし。そーゆーんじゃないから」

 

 ――間違えるな。

 

 美穂が好意を寄せるのは、俺のような“先生”ではなく“優等生の先輩”。

 

 真似るなら、あの“先輩”の穏やかでさわやかな胡散臭さにしろ。

 

 だがな美穂…、“先生”は心が繊細だから、胸が張り裂けそうだぞ…?

 

 と、条ノ内のモノマネで切なさを茶化す宮城の前を、厳めしい表情をした教頭が通り過ぎた。

 

「――宮城先生、ここで一体何を? また校内で喫煙などしないように」

 

 ‥やってくれたよ‥

 

 教頭の注意を受け、…教頭に名前を呼ばれたことで、宮城は小さく肩をすくめた。

 

 階段を降りてくる軽快な足音は、――条ノ内の方がマシだと思ったからだ。

 

「……あれっ。宮城先生、まだいたの?」

 

 条ノ内から逃れて駆け付けた美穂は、麗しい微笑みをつくって宮城に向けた。

 

 …しかしそれは無邪気さを装った、蠱惑的な小悪魔に見える。

 

「保健室、戻ったんじゃなかったんだ。もしかして私のこと…心配してくれた、とか?」

 

「……うるせーな。たまたま、またここを通っただけだ」

 

「そうなの? ……まさか宮城先生、実は妬いたとか……」

 

「それさっき、俺が言ったセリフだろが。自意識過剰が過ぎるぞ。……アレ? 過剰が過ぎるって変だな…」

 

 煙草を取りだす宮城に気付き、美穂は煙草を白衣のポケットに戻して注意する。

 

「ねぇ! 校内で煙草吸ったらダメって言われてなかった!?」

 

 もちろん、美穂の指摘通り。

 

 しがない男子生徒に嫉妬していたことなど、認めたくない宮城の、話題を変えさせる工作。

 

「宮城先生、ちょっとは煙草ひかえなよ」

 

「女と酒と煙草は死んでもやめねー」

 

「じゃ、しになよ。……あ、もう『しねば』とか言わないんだった」

 

「オイ。お前それ、わざとだろ」

 

 美穂の額を軽く小突くと、美穂はまた朗らかに笑った。

 

 …こんな表情を見せるのは、宮城が“先生”だからか…。

 

「じゃ、またあとで行くね。宮城先生」

 

 ――『保健室に』。

 

 言わない含みが、条ノ内や誰かに聞こえたらどーする。

 

 宮城は誰もいなくなった周囲を確認し、美穂の後ろ姿を見送る。

 

 と、振り返った美穂は微笑みを残して立ち去った。

 

 …その眩しい笑顔は、宮城の胸のささくれを抜き取り、温かみを満たして溢れさせる。

 

 以前の宮城なら、女子生徒との関係を好都合な姦計だと、…そう思っていた。

 

 肉体関係に、恋愛感情を持ち込むのはタブー。

 

 それが宮城の恋愛スタイルであり、男と女の暗黙のルール。

 

 色濃い色恋沙汰を嫌う宮城本人が、渇愛を割愛できないなら――

 

 愛恋の哀憐は、免れない。

 

 昼休みの職員会議が終わり、保健室に戻る宮城は、施錠しておいたドアが少し開いていることに気付いた。

 

 ――つまり合鍵を使って入った者が、…美穂がいる。

 

 途端にゆるみそうになった唇を、急いで手で覆い隠す宮城。

 

 こんなことで、いちいち胸を弾ませてどうする。

 

 宮城は短く息を吐いて気持ちを正し、しかしドアを開け真っ先にその姿を探す。

 

 と、ベッドの上にちょこんと座り、パンをほおばっている美穂の黒い瞳は、その真っ直ぐな視線で宮城の心臓を射抜き、とどめを刺した。

 

 ぐっ‥‥

 メロンパンを

 咥える美穂に

 メロメロかよ‥

 

 打撃を受けてよろめきそうになった宮城は、しかし踏みとどまると、あることに気付いて再びベッドに目をやった。

 

 それは美穂の脇にあった、もう一つの人影。

 

「あー、宮城先生! ちース!」

 

 坊主頭を軽く下げる男子生徒の挨拶に、宮城は舌打ちをして不快感をあらわにした。

 

 ‥‥何で

 部外者が

 ここにいる

 

「あっれー? 宮城先生、なーんか超機嫌悪いっすねー」

 

 ‥誰のせいだと

 思ってんだ

 この張本人が

 

 ベッド横の椅子に座る坊主頭のほざきに耳を傾けず、宮城は美穂を睨んだ。

 

 …よくもこの俺の領域に、美穂との聖域に、邪魔者を招いてくれたな…。

 

 無言で椅子に腰かける宮城は、口を開きかけた美穂の言葉次第では、言い訳を聞いてやろうとした。

 

 だが美穂に傾けた耳には、聞きたくもない男の蛮声が届けられた。

 

「けどさぁー。今朝もあの怖い先輩相手に、超カッコよかったよなぁーお前って。さすが白鳥美穂だよなぁー」

 

「……」

 

 ――今朝?

 

「お前らって、腹違いの姉妹だったんだなー。しかもお前が姉をかばうとか、俺すげー感動したよマジで」

 

「……」

 

 ――おいおい。

 

「言ったろー? 俺、白鳥のロリ姉と同じクラスでさー」

 

「……」

 

「外見とか性格とか、似てないようで、お前らやっぱ似てるもんなー。声そっくりだしなぁ」

 

「……」

 

 明らかに迷惑がっている美穂に構わず、第三者(宮城)の前で、個人のプライバシーに関わることをベラベラと漏らす無神経な坊主頭。

 

 2年の村瀬友禅――…現・生徒会長。

 

 大丈夫か、

 こんな男で

 

 美穂は美穂でうつむいて、もう宮城を見ることはなかった。

 

 宮城も机に向かい、2人の会話に加わらない姿勢を見せた。

 

 どうやら美穂には今朝『怖い先輩』が絡み、生徒たちの前で、似ていない姉と『異母姉妹』であることを暴露された、といったところだろうか。

 

 そして美穂はその足で保健室に向かい、遅れて出勤してきた宮城を待っていたわけだ。

 

 …なぜ今日に限って早く学校に来て、美穂に会ってやらなかったのだろうか。

 

 いや、なぜその場に駆けつけてやれなかったのだろうか。

 

 だが生徒同士のいざこざに、“先生”がむやみに口出すことではなかったのかも知れない。

 

 何よりこれまで、美穂が家庭の事情について宮城を頼ることはなかった。

 

 だからこそ宮城も深入りはしなかった。

 

 しかし村瀬は、尚も無遠慮に美穂の私事へと土足で踏み込む。

 

「でもさー、何でわざわざ姉貴と一緒の高校にしたんだ?」

 

「……」

 

「お前ら雰囲気違いすぎるし、あんまり仲良くねーのかなと。…あ、けどほんとに仲悪かったら、同じ高校来ないよなー」

 

「……」

 

「あ。もしかして、ロリ姉を守ってやろーとしたとか? なーんてなー」

 

「……」

 

 美穂を――…よく見てるんだな、この男は。

 

 こうして保健室まで美穂を追ってきたのも、無視をし続ける美穂の冷たい態度にもめげず、懸命に話しかけているのも…

 

 ベッドの上に投げ出された美穂の透き通るような白い生足を、チラチラと気にしているのも…。

 

 なるほど、この男子生徒を突き動かす原動力は、――おそらく淡い恋心。

 

 ‥なめんな

 こちとら

 スゲー溜まってる

 濃いィ恋だ

 

 ――美穂と、美穂の姉の母親が異なるであろうことは、2人の誕生月が5ヵ月差と近すぎる点で、宮城も気付いていた。

 

 だがそれは宮城が興味を抱いていた相手だからこそ、たまたま名簿を見る機会に気付いたこと。

 

 生徒に配布される名簿に、誕生日までは記されていない。

 

 つまり、そのことを暴露したのは……厳重な管理をされた個人情報を閲覧できる人間の仕業か……?

 

「つ、つーか、知ってっか!? 学園祭の時の美女コン、実は白鳥美穂、あんたが1位だったんだよ!」

 

 村瀬は無口なままの美穂の気を引こうと、必死で話題を変えた。

 

 美穂は尚も聞き流している様子で、ペットボトルで水分補給をしている。

 

 それを、広げた本の活字には目を通さず、2人の様子を視界の隅で見張る宮城。

 

 村瀬は尚も続ける。

 

「あんた美女コンにエントリーしてなかったのに、皆はてっきり、あんたがエントリーしてるって思い込んでたんだよ。それで1位ってすごくね!?」

 

「……」

 

 村瀬の努力も空しく、相変わらず何の興味も示さない美穂に、保健室には彼の声だけが空しく響いた。

 

 ――かと思われたが。

 

「うわ、興味ゼロだよ…。前の生徒会長も、『この子さえ良かったら、1位をあげたいね』って言ってたくらいなん…」

 

「っ大川先輩、が……!?」

 

 無視を決め込もうとしていた美穂は、とある人物については反応し、大きな瞳を向けて村瀬の言葉の続きを求めた。

 

 その表情から、村瀬も美穂の想いに気付いたようだ。

 

「あっ…と、…あ、あのさ! あんた、生徒会入らねー?」

 

「……はぁ? 私が?」

 

「大川先輩も、たまに顔出すしさ」

 

「……へぇ。そうなんだ……」

 

 ‥‥クソッ

 そう来たか‥

 

 そのキーワードは美穂の“憧れの先輩”、前期生徒会長:大川篤。

 

 村瀬も、美穂の心を開かせるキーを持っていたわけだ。

 

「今の生徒会はさ、なんかパッとしねーんだ。前は大川先輩が会長だったから、皆からも支持あったけど…」

 

「ふーん。そーだろうね」

 

「…そーだよ、俺じゃダメなんだよ。だけど、あんたみたいな美人が入ってくれたら…」

 

「……」

 

 青いなァ少年

 目的は生徒会繁栄の

 ためだけ、か?

 

 チラチラと、美穂がこちらを見ているのがわかる。

 

 ――何だ?

 

 俺に何を言って欲しい?

 

 何を求めてる?

 

『生徒会に入ってやったらどうだ』、か?

 

 …そんな後押しなら絶対にしてやんねーぞ。

 

 時間を区切る、予鈴のチャイムが鳴る。

 

 村瀬は入口の方向を見て立ち上がり、ベッドから降りようとしない美穂を振り返った。

 

「…俺…、待ってるからさ。いつでも生徒会に来てくれよ」

 

 オマエが

 待ってても

 意味ねーだろ

 

「……ん」

 

 ‥‥ん?

 

「……考えとく」

 

 ‥‥オイ!

 

 正気かよ美穂!

 何を血迷ってんだ

 テメーは

 

 生徒会といっても、美穂の憧れの先輩は引退しているというのに。

 

 それに美穂が生徒会に入るとすれば、……。

 

「……オイ、お前ら。そろそろ教室に戻れ」

 

「あ、あのさ! 俺、あんたのロリ姉のクラスにいるからさ! そこでも…」

 

「聞ーてんのか村瀬。生徒会長が授業に遅れてどーする。早く教室戻れっつのコラ」

 

「い゙っでぇ~! 痛ぇって、宮城先生!」

 

 宮城は入口の村瀬に歩み寄り、小憎らしい村坊主頭に剃りの入ったポイントを肘で突き、グリグリと懲らしめてやる。

 

 そしてそのまま、村瀬の首を腕で捕らえた。

 

「宮城先っ、生、ギブ! ギブギブー!!」

 

 白衣の腕を叩いて降参を示す村瀬の無様な姿にも、宮城の気は少しも晴れない。

 

 このまま首を絞めてやろーか?

 

 いや、殺人罪を犯したいわけではない。

 

 犯したいのは美穂だけだ。

 

「何してんだ。テメーもだ、美穂」

 

 しれっとした顔で2人の様子を眺めていた美穂が、宮城の言葉に目をぱちくりさせた。

 

「えっ? ……あ、うん」

 

 美穂にしてみれば、5時間目の授業をサボる気だったのだろうが…

 

 さっきも言った通り、他の生徒の目のあるところで、美穂だけを特別扱いするわけにはいかない。

 

 …それに今は、なぜか美穂の姿にさえ腹が立つ。

 

 本鈴の鳴る前に、村瀬と美穂は教室へと向かった。

 

 しかし案の定、美穂はすぐに引き返し、保健室に戻ってきた。

 

 そして当たり前のようにいつもの場所で、ベッドの上で先程のように足を投げ出して座る。

 

 ‥ったく、

 コイツは

 人の気も知らずに‥

 

「――あのなァ、美穂……」

 

「なに? 宮城先生」

 

 額を押さえてため息をつく宮城の苦悩など、…美穂は少しも汲めないだろう。

 

「そーやって、男の前で簡単に足出すな」

 

 白いシーツに映える、少しスカートのめくれた眩しい太腿。

 

 思春期のガキには、強烈な劣情を煽る起爆剤になりかねない。

 

 村瀬少年の欲望を奮起させ、勃起させかねない。

 

「何それ? お父さんみたいなこと、言わないで」

 

「…美穂…、パパはなァ、美穂のことが心配なんだゾ!」

 

「……うちのお父さん、そんな言い方しない」

 

 クソッ‥美穂め

 ムカムカするし

 イライラするし

 

 ムラムラするし

 

「…そもそも、何であの男を保健室に入れた? 合鍵持ってるのを気付かれるなと、今朝も言っただろ」

 

 宮城は持っていた本を乱暴に机の上に投げた。

 

 腹立たしさから、早口になっていることには気付かなかった。

 

「美穂にここの合鍵を渡したのはな。男とイチャつかせるためじゃねんだよ」

 

「…え。イチャついてないし。向こうが勝手に入ってきただけだし」

 

 不機嫌そうな宮城の態度に首を傾げ、美穂は自分の黒髪に枝毛を探しながら不満そうに返す。

 

「宮城先生に、保健室の留守番頼まれたって、言ったもん」

 

「あー、そーかよ。そんで男と二人きりで、襲われたらどーする気だったんだよ」

 

「はぁ? そんなわけないし。…何? さっきから宮城先生、保護者気取り?」

 

 ……さっきから美穂こそ、お父さんだの保護者だの。

 

 せめて

『彼氏』気取り

 とは言えねーのか

 

 露骨に美穂の体目的で迫る条ノ内は、まだ良かった。

 

 ……村瀬がどんな目で美穂を見ていたか、分かるか?

 

 分かんねェだろーな、美穂は……。

 

 好奇心旺盛で性欲旺盛な男子高校生のことだ。

 

 あいつはきっと、脳内で美穂との様々なシーンを、…特にベッドシーンを描いて美穂を脱がしては、毎晩毎晩何度も好き勝手に犯しまくっているに違いない。

 

 ――などと奴の妄想を想像すると頭にくる。

 

「いーか。いくら美穂が条ノ内や村瀬に対し、一切のコミュニケーションを拒絶していても、だ」

 

「は?」

 

 宮城は靴の音を強調しながら、ゆっくりと入口に向かった。

 

 ガチャン、とドアに鍵をかけてから、一歩一歩ベッドへと近付ける足音を、美穂が意識していることは分かっている。

 

「寝具の上で無防備な美穂の姿は、男に性的な欲望を倒錯させんだよ」

 

「……何それ。わかんない、むずかしく言わないで」

 

 ギシリ、とベッドが軋み、宮城の腕力が沈んだ音に、自分の髪に触れていた美穂の視線は宮城へと移った。

 

 シーツに置いた手と、もう片手は白衣のポケットにあるから、まだ宮城は美穂に触れる意思を見せてはいない。

 

 それでも美穂が微動だにしなくなったのは、自分に迫る宮城に緊張し、体をこわばらせているからだ。

 

 保健室に2人きり――、いつもなら、お互いの快感を寄せるひと時。

 

 …しかし宮城にとって今の美穂は、恋愛とは対称に、怒りの対象になりつつあった。

 

 本人は決して媚びてはいないが、男を惑わす美穂が憎らしい。

 

 そんな美貌を自覚せず、持て余している美穂が愚かしい。

 

 疎ましい、煩わしい、厭わしい――深い、不快感。

 

「条ノ内やら村瀬やら、モテるもんなァ美穂ちゃんは」

 

「……だから、何」

 

「けど、お前アレだもんな。憧れの先輩がいるんだもんな」

 

「……、そうだけど?」

 

「……」

 

「……?」

 

 いくら他の男子生徒が美穂に迫ろうが、美穂に一番近い所にいるのは自分。

 

 ……それはただの思いあがり。

 

 美穂の心に棲み続ける、あの忌まわしい“憧れの先輩”には、敵わない。

 

「美穂。男相手に強気な態度も結構だが、…あまり男を甘く見るな」

 

「……なに、それ?」

 

「何って? 分かんねーのか? …こーゆーことだよ」

 

「っ……あ、っ…!」

 

 突然、強い力でベッドに上半身を押さえつけられた美穂は、無表情ながら自分を冷たく見下ろす宮城に小さく息を飲んだ。

 

「いくらお前がイキがったって、男の腕力には敵わねェだろ」

 

「……や、ちょっ…宮城先生っ、……やだっ……!!」

 

 大きな手に胸ぐらを掴まれ、ブラウスを引き剥がされると、ボタンが1,2つ飛んでいき、美穂は慌てて胸元を隠す。

 

「つまり男に襲われても、それは美穂が悪いってこった」

 

「……ちょっと、何でそうな、……あっ、いやっ……宮城先生…っ…!!」

 

 宮城は自分のネクタイを解き、驚きに戸惑う美穂の細い二の腕を、無理矢理ベッドの格子に縛り付けた。

 …この苛立ちの言動と原動は、――何だ?

 

 性欲?

 

 支配欲?

 

 独占欲?

 

「美穂は悪い子だからなァ…。俺がしつけ直してヤらないとな」

 

「……やめてよ、こんな…の、……や、いやぁっ……!」

 

 説教?

 

 調教?

 

 ‥Shit! No,嫉妬。

 

 It does not matter nominally.

 

 名目など、どうでもいい。

 

 さっさとEnjoy sex。

 

「は…なしてよっ、宮城先生…っ…!!」

 

 細腕をとらえる宮城のネクタイは、逃れようとする美穂の懸命な努力とは裏腹に、結び目をさらに固く絞っていく。

 

 自分にのしかかる宮城に、美穂は強気な視線を投げかける。

 

 ――まだ彼女は、自分の落ち度を理解していないらしい。

 

 徹底した性教育が必要だ。

 

「なぁ美穂。こうやって押し倒されて、脱がされたらどーするつもりだったんだ?」

 

「……っ…!」

 

 ブラのホックを外された美穂は、少しでも赤い顔と、曝け出された胸を隠そうと腰をくねらせる。

 

 そして豊満な胸を揺らし、美しいウエストラインを描くことで、艶めかしい姿態を披露する。

 

「…へぇ。美穂、お前またエロい体になったんじゃねーの?」

 

「そ、んな…っ、ことっ……、…ぁ、あぁぁっ…」

 

 胸の弧線をゆっくりとなぞる宮城の指に、美穂は小さく身震いした。

 

 その頂点では、未だ目覚めの刺激を受けずに、徐々に起き上がる欲深な萌芽が見える。

 

「ほらな。触ってねーのに乳首勃たせて、触ってほしいって言ってるようなもんだろが」

 

「やっ、ち、ちが……っあ、…ふ…っぁああ…!」

 

 宮城が美穂の乳首を摘まみ、柔らかく転がすと、美穂の声は甘く上擦った。

 

 しかし、まだ体を捩って抗おうとする美穂に、宮城は舌による教示を施していく。

 

「強姦っつっても、こんなことされちゃ美穂だって感じるだろ?」

 

「んぁ、あっ、やぁああ…っ!! 宮城せ、んせぇっ…、そんな、のっ…ずるい、あぁぁっ…!!」

 

 何も力技でなくても、相手をねじ伏せることは可能。

 

 宮城の舌と指による戯弄で、やがて美穂は抵抗を忘れ、快感に溺れていこうとする。

 

 ――だが、宮城はそれを許さない。

 

「やっぱりな。お前、村瀬に同じことされても感じるんだろ」

 

「な…にそれ、なんでっ……、…か…んじて、なんっ…か、ないしっ…!」

 

 人を見くびる宮城に対し、声を震わせながら、濡れた瞳で睨みを利かせる美穂。

 

 ‥そんな

 色っぽい顔しても

 ダメだ

 

「感じてないだと? よく言うよなァ美穂。どーせもう濡れてんだろ? 見せてみろよ」

 

「……れて、ないっ……から、…や…めて、やめて…っ…!!」

 

 下腹部へと手を伸ばす宮城に、美穂は怒りで顔を紅潮させた。

 

 …いや、それは恥じらいからだったのかもしれない。

 

 スカートの中に忍び入った宮城の指が美穂の下着に触れると、クロッチ部分にはすでに美穂の熱が溢れていた。

 

 そして宮城の指を下着ごと滑らせ、淫らな水音を小さく立たせた。

 

「何だよ、もうこんなに濡れてんじゃねーか。やっぱ美穂は強姦魔にも感じるんだな」

 

「ひぁっ、あぁぁ…っ!! や…だ、宮城せんっ…せ、…や、やあぁぁんっ…!!」

 

 布越しにでも敏感な核に触れられた美穂は、足を閉じ逆らおうとしたが、宮城の腕に止められた。

 

 隠れていた淫核を爪で剥かれ、宮城の指に揺さぶられると、クロッチの染みをみるみる広げていく。

 

「やっ…やだ、あっ、やめっ、あぁぁっ、やあぁぁっ…!!」

 

「こんなに濡らしやがって。こうやってクリをいじられたいって期待したのか? エロい女だな美穂は」

 

「ち…がう、ちがっ…あぁぁっ、…やっ、ふぁぁぁっ…!!」

 

 宮城になじられ、悔し涙を浮かべながら、美穂は首を小さく振って快感を払拭しようとしていた。

 

 だがそれでも、次第に高みへと昇っていくのを止められはしない。

 

「宮城せんせ、ぇ、あ、…やぁあっ、も…ぅ、んんあぁあっ…、だめぇええっ…!!」

 

「――コラ。襲われてんのに、何イこうとしてんだテメーは」

 

 絶頂を迎えようと爪先立ちになった美穂の足裏を、宮城はもう片方の手で、つぃっとなぞってやる。

 

「ひゃっ…! …ア、…ぁっ、あっ……!!」

 

 くすぐったさに、ビクンと背中を反らした美穂は、到達しようとしていたエクスタシーへの気を逸らした。

 

「…ぁっ…は、ふぁっ…、……な…んで、…宮城せんせ、ぇっ……!」

 

 息を乱し、涙で頬を濡らす美穂は、快感の極みを得る好機を逃し、恨めしげに宮城を見つめる。

 

「……何だ? そんなにイきたかったのか、美穂は」

 

 下着を脱がす宮城の前にも、美穂はもう完全に無抵抗だった。

 

 …それは快感を与える俺に対する甘えか?

 

 それとも、相手が誰だろうと同じ反応すんのかテメーは。

 

 ――宮城はこれ以降、白衣を脱ぐことはない。

 

 それは美穂に対するいらだちで、リビドーよりもプライドというプライオリティで。

 

「――なぁ。例えば条ノ内に犯されても、美穂はこんなふうに感じるのか?」

 

 美穂の上に馬乗りになった宮城は、美穂のあごをとらえて上を向かせ、細い首筋にゆっくりと舌を這わせる。

 

「なんでっ、なにそ、……っあ、…ん、ぁあ…っ…!!」

 

「ほらな。美穂は感じやすいからなァ。ベッドの上で組み敷かれたら、条ノ内にもそーやって喘ぐわけか。あぁ?」

 

「ち…が、…や、やめ……っあぁ、ぁああっ…!!」

 

 胸の尖端を摘ままれたまま、乳房を揉みしだかれる美穂は、宮城の問いを認めるように艶のある声で鳴いた。

 

 愚問に愚答で返され、不快感を覚えた宮城は、嬌声をあげる美穂の唇をふさぐ。

 

「…宮城せっ…んぅっ……ふ、ぁ…っん、…んんぁ…っ…!」

 

 舌を舌で弄び、時には歯で挟んで尚も嬲る。

 

 滴り落ちる美穂の唾液を舌で舐め取り、乱れた吐息をも閉じ込める。

 

「はっ……ん、んぅ…っく、…んくっ……!!」

 

 キスから解放してやる頃には、美穂は息を切らし、すっかり脱力していた。

 

 透明の糸を引きながら離れた美穂の唇は、また近付こうとする宮城を拒絶するように閉ざされる。

 

 しかし宮城がとどまると、紅唇はわずかに開き、黒目はジッと宮城を見つめた。

 

 再び美穂に迫り、宮城がわずかに舌を覗かせると、美穂も応じるように舌を出す。

 

 それを見た宮城が鼻先で美穂を笑うと、美穂は顔を赤くして声を荒げた。

 

「……宮城せ、んせぇっ……、なんなの、…さっきから……一体何なの…っ……!?」

 

 だが宮城は答えず、美穂の脚を広げて濡れた秘処をさらけ出す。

 

「ハッ。すげー濡れてるし。クリも超勃ってんだけど。美穂は村瀬に剥かれても濡れるんじゃねーの?」

 

「な…んでっ…、あっ……やめて、っいや、いやぁあっ……!!」

 

 欲望を隠しきれない果皮を剥き、露出させた美穂の果実は、すでに赤く登熟していた。

 

 そして滾々と溢れ、昏々と滴る欲望の花蜜は、またも宮城の問いにうなずくようなものだった。

 

「…そーかよ。そんで美穂は他の男にクリ舐められても、アンアン言ってよがるわけか」

 

「ふぁっ…そんな、わけっ……あ、やめてっ、やぁっ…あ、あぁっ、…あぁぁああ…っ…!!」

 

 舌先で柔らかく稔実を転がすと、美穂は全身をわななかせ、泣きながら首を横に振ってみせる。

 

 しかし流しているのは涙だけではなく、快感に悦ぶ熱い愛液。

 

 敏感で濡れやすい美穂に、宮城は短い溜め息を吐く。

 

「お前なぁ…濡れすぎだろ。こんなんされて、そんなに感じるのかよ…。なら指も入れてやろーか?」

 

「やっ……だ、ダメェ…ッ! や…めて、いれちゃっ…あ、…ふぁ、あぁぁっ…!!」

 

 無理矢理に中へと捻じ込ませた宮城の指には、熱く濡れた媚肉が纏わりつき、さらなる快感を貪ろうと襞が妖しく蠢く。

 

 …本来なら男を悦ばせる最高の蜜壺も、今の宮城にはそれが気に食わなかった。

 

 成熟した淫らな実を甘噛しては舌で包み、軽く吸い上げながら、宮城は指で美穂の内側を蹂躙し続けた。

 

「やぁ、やぁああっ…! だ…め、だめぇえっ…!! あぁぁっ…宮城せんせ、っ…だめ、ア、だめっ…もう、…あぁっ…だめぇえっ…!!」

 

 びくびくと淫核を震わせながら、咥えこんでいる宮城の指を締め付ける美穂に。

 

 限界が近いと見た宮城は、再び愛撫を止めそれを阻止する。

 

「――だから。犯されてイくんじゃねーよ」

 

「……ぁ、ふあぁっ…!! …はっ…ア、…あ…っ……!!」

 

 最果てを垣間見ながら、美穂は迎え損ねたエクスタシーを嘆き、その身をぶるぶると震わせた。

 

 そして荒く息を乱しながら、涙ながらに訴えた。

 

「……っ…んで、…宮城せんせぇえっ…、……なんでぇえっ……!?」

 

 ――なぜ、絶頂させないのか。

 

 否。

 

 ――なぜ、こんなことをするのか。

 

 他者の名前を出しての理不尽な問いは、宮城の怒り。

 

 快感を与え、頂点で突き放すのは八つ当たり。

 

「……そんなもん、テメーで考えろ」

 

 ‥気付いてほしーのか

 ほしくねーのか

 俺にもわかんねんだよ

 

「そーいえば。美穂は初めての時も、こーやって俺に襲われたんだよな」

 

「……な、なに、急にっ…」

 

「なのに美穂は『もっとして』ときたからな。やっぱ淫乱なんだよな、お前は」

 

「な、んで……宮城先生っ、そんなに……私のこと、きらい、なの……!?」

 

 罵声ともとれる宮城の言葉に、美穂は悲痛の声をあげた。

 

 見当違いな答えを出す美穂に、宮城はまた少しいらついた。

 

「嫌い? …そう思うなら、たっぷり思い知らせてヤるからな美穂」

 

「――っあ、宮城せ、んっ…ぅ、んんぅうっ……!」

 

 唇で美穂の言葉を封印し、逃げる舌をとらえて絡め、歯の裏や舌の付け根まで舌先でなぞり口内を貪る。

 

 示威のために白衣を脱がない宮城は、だがSEXをしないわけではない。

 

 キスをしながら、隆々とたぎる宮城自身をのぞかせると、美穂の下の唇にも接吻させる。

 

 そしてそのまま一気に――美穂の濡れた口腔へと自身を強引にねじ込んだ。

 

「んンッ……ぅ、んぅううっ……! ん…っあぁ、っ……んぁああっ……!!」

 

 湿潤な美穂の膣壁は、迎え入れた宮城に熱く収縮し、歓迎するように締めあげては、ねっとりとまとわりつく。

 

「おっ…まえ、何で、こんな締め付けんだ? そんなに男の精液しぼり出したいか」

 

「ち…が、……っそんなわけ、なっ……あぁっ、んぁっ、ぁあぁああっ……!!」

 

 鋭く突き上げるたびに、大きく揺れる美穂の豊かな胸をつかみ、柔らかな肌を味わいながら、頂で固くなる蕾を指でこね回しては転がす。

 

 唇から下降し、首筋から耳まで舐めあげ快感を付加してやれば、じらされていた美穂は簡単に極みに昇ろうとする。

 

「ああぁっ、あ、もっ……だめ、イッちゃ、あっ、イッちゃあぅ、あ、んっ、あぁああぁっ……!!」

 

「……待てコラ。一人で先イくな、美穂」

 

「――っあ、…は…っ! ……ふあぁっ……あぁ、……や、…~~っ……」

 

 抽送をピタリと止められた美穂は、挿し込まれたまま動かない宮城に、ひとり空しく体を揺さぶった。

 

「な…んで……、なんでっ……、……ぁ…っあ、…も、だめぇえっ……! おねがっ、いっ、あぁ…っ」

 

「どーした。レイプされてるくせに、ずいぶんと物欲しそうだな」

 

「っ……おねが……、い、…っもぉ……だめぇ…! …イきたい、イかせてぇえっ…!!」」

 

「ダメだな。襲われておねだりする淫乱娘を、イかせてやるわけにはいかねーな」

 

「っ……なんでぇえっ…? だって宮城先生なの、に、…やめないで、もっとしてよ宮城せんせぇえっ…っ…!!」

 

 快楽の限界まで導かれながら、その先を禁じられた美穂は、宮城との結合部をわななかせては締め上げ涙し、子供のようにだだをこねて泣きわめいた。

 

 ‥そうだ

 俺を求めて

 俺を感じろ

 エゴイスティックな鎖

 サディスティックな楔

 

 ――違うな、美穂が求めるのは俺ではなく、俺についてる淫具だ。

 

「チィッ…!」

 

「あっ……い、いやっ……宮城せ、んせぇっ、あぁっ、やっ…はげし、すぎっ、…あぁあああっ…!!」

 

 獰猛な獣の性交のように、蜜を潤す美穂の窪へと、荒々しく猛る淫茎を幾度も打ち込む。

 

 ベッドに縛られ制服を乱し、強姦されているはずの美穂は、自らも快感を切望して淫らに腰を振り、……それがまた気に入らない。

 

「なぁエロ美穂…、お前は他の男にも、ヤられたら感じるのかよっ…!」

 

「っふぁあ、あぁっ…ん、……そ…んな、わけっ…ぁぁあっ、ぁあああぁんっ…!!」

 

「……お前はな、美穂は…俺だけに、感じていればいーんだよ…!」

 

「――…っあ、あぁぁっ、んっ、や、んぁああっ…!! 宮城せんせ、っ、……あぁああっ……!!」

 

 乱暴に犯してみても、……そんなもんじゃ気が晴れねんだよこのクソ女。

 

 美穂のせいで俺が俺でなくなる。

 

 美穂が、俺を狂わせる。

 

 煩悩の本能

 狂気の狂喜

 醜悪な我欲がとぐろを巻いて、胸の中で荒れ狂う。

 

 不浄の劣情が湧きあがり、淫茎に猛威を振るわせる。

 

 憎しみにも似た恋心に苛まれ、……おかしくなりそうだ……!!

 

「――っ…く、……!!」

 

 美穂の恥部でひとしきり性器を摩擦し、性的興奮を高め、美穂の腹部に白濁を放出する。

 

 醜い心を写生する汚辱

 熱い芯を射精する凌辱

 

 ――ただ、それだけのSEX。

 

「は……っ、…はァ…っ、……クソ……ッ」

 

 角度の衰えない精力を確認した宮城は、溜まった精子を排出しても、憂さ晴らしにならないことに舌打ちをした。

 

「…っ……は、……宮城せ、んせぇ……っ、……」

 

 乱暴な快感で踏みにじられ、しかし絶頂に導かれず不完全燃焼なままの美穂は、呼気を荒く乱し、先に果てた宮城を恨めしそうに、眼だけで見上げた。

 

 そして、こんなことを言った。

 

「っ……ねぇ、なんなの……、もしかして宮城先生、ほんとに……嫉妬した、とか……」

 

「嫉妬、だとォ……? ハハッ……」

 生憎だが

 そんな生ぬるい

 もんじゃねェ

 

 愛憎、だよ。

 

「――っ…宮城先生は、なんか、勝手だよ……」

 

 なめらかな体の線を震わせながら、美穂は宮城を睨みつける。

 

「私……何にもしてないのに……っ! こんなの、自分勝手すぎるよ……!!」

 

 ‥そーだな

 行動然り

 交合然り

 

 この胸に増幅する憎悪は、……美穂にしてみれば完全な言いがかり。

 

 彼氏でもねーのに、言ってることとヤッてること全部、俺一人のわがまま。

 

 しょーがねーよ

 だってコッチの

 一方通行だもんよ

 

 返事もせずに腹部の排液をティッシュで拭う宮城に、美穂はうなだれるように顔を背ける。

 

 そして苛立ちに、吐き捨てるように不満を漏らした。

 

「サイテーだよ、宮城先生……」

 

 んなもん

 分かってるさ

 けど‥

 

「――…私だって、そーだよ……」

 

 あ?

 何がだよ

 

「宮城先生が……他の女といるの、やだよ……」

 

 ‥‥、

 ‥‥は?

 

「他の人とキスするのも、…抱くのも…、その手で私にも同じことするのも、本当はやだよ……。でも私、そんなこと言ったことないのに……っ」

 

 ‥‥

 あー‥

 

「宮城先生、他の女の子にもすぐ調子いいこと言うし。…何? モテたいの? ヤりたいの? ほんと何なのっ?」

 

 ‥‥いや

 それはだな‥

 

「あと、他の女子と話してるのもやだ。口説くのもいや、触るのも触られるのもいや。……私といる時より、楽しそうにしてるのも、やだよっ……!」

 

 ‥‥

 何だそれ

 

「……ははっ、そーかよ……」

 

 理不尽な不服申し立てに、意表を突かれた宮城は思わず苦笑を漏らした。

 

 しかしそれは、これまでの仏頂面を破顔させるものだった。

 

「……美穂。お前、何言っちゃってんの?」

 

「何って、だからっ…」

 

「もしかしなくてもお前、嫉妬してんじゃねーのー?」

 

「…そ、れはっ、……」

 

 からかう宮城に口答えをしようとして息を吸い込み、言葉に詰まる美穂に。

 

 可愛らしい不満に、宮城は思わず小さく笑った。

 

 それは、これまでの負の要素を、一瞬にして破壊させるものだった。

 

「何だよ…。美穂は俺のこと、そんなふうに思ってたんだな」

 

「……だ、だってっ……、……なんて、こんなの変かな……」

 

「変じゃねーよ。美穂お前、それ恋じゃねーの?」

 

「ぶはっ。恋って。宮城先生が言うと、なんか軽いね」

 

 ‥‥いや

 軽いってなんだよ

 笑うなよ

 

 ――しかし、独りよがりなSEXよりも。

 

 ふたりよがりで快感によがるなら、もっとイイはずだ。

 

「……そーいや、お前まだ一回もイッてねーな。しょーがねーから、そろそろ許してやるか」

 

 宮城は白衣のポケットからリップクリームを取り出し、自分の唇に塗ると、次には美穂の乳首へとそれを塗り付けた。

 

「やっ……ちょっと、なに、な、……っひぁぁ! 何これっ……しみる、…やっ…やぁぁっ…!!」

 

 メンソールの配合された蜜蝋は、皮膚の表面に清涼感をもたらしていく。

 

 塗っただけで放置され、冷感を得て発熱していく乳首は、焦れるように隆起しはじめた。

 

「なんかテカってヤラしーなァ。どーだ? メンソールって気持ちいいか?」

 

「――あっ、ふぁ、ぁあんっ…!! なにこれ……っいや、やぁっ……!!」

 

「嫌? あー、そーだな、悪かったよ……クリトリスにも塗ってやらねーとな」

 

「ぁああっ…だめ、そんなとこ、ぬっ…ちゃ、……あ、ぁんっ……だめ、だめぇええっ……!!」

 

 棒状の軟膏剤をまんべんなく擦り付けられた淫核は、じっとりと染みてくる感覚に悶えた。

 

 薄い粘膜に皮膚刺激作用が働きはじめ、局所血管拡張作用で、ぷっくりと赤く腫れ小刻みに震えてだす。

 

「たっぷりと塗ってやったからな。どーなんだよ、感じるか?」

 

「ん、んぁっ……宮城せんせ、いっ、…あぁっ、ふぁぁぁっ……! も…ぅ、だめ、…はやくぅう…!!」

 

「何だよ、まだ足りないか? 言ってみろ、どうされたい?」

 

「……アッ…さわ、って……、はや、…はやくぅううぅっ…!! お…かしく、なっちゃ、あぁっ……!!」

 

 メンソールの効果で冷感を得て、尚も発熱する突起を硬く勃起させながら、美穂は瞳を潤ませて宮城に懇願した。

 

 ‥そんな

 イイ顔しても

 余計ダメだ

 

「あー? どこを触ってほしいって? もっと上手におねだりしろよ」

 

「……もぉおおっ…むり……っ!! …はやくして、ちくびと、…くりとり…す、はやく、さわって、…はやくぅ、さわってぇえっ…!!」

 

 ネクタイに縛り付けられたままの腕を揺らし、涙ながらに訴える美穂の様子に。

 

 願いを聞き入れる前に、宮城はまた自分本位な欲望を優先させることにした。

 

「はいはい、よくできました。……と言いたいとこだが」

 

「…な、なにっ…?」

 

「美穂のせいで俺の戦闘力MAXなんだけど。もう発射しそーなんだけど」

 

「……あっ、ちょっと宮城せ、ん…せ……いっ、……んぁああっ……!」

 

 熱度・角度・硬度ともに最大まで威力を上げた戦闘機、もとい尖頭器を、標的に向かい出撃させる。

 

 誤射を誘うようにうねりしなる敵の淫靡な罠を押しのけ、渾身の力で狭い峡谷をかいくぐり最奥まで貫く。

 

 そして退くごとに強度・速度を上げ、何度も幾度も敵陣へと進撃する。

 

「やっ、あっ、あぁあああっ! …宮城せんせ…ぇっ、はげしっ…い、あぁっ、あぁぁ……っ!!」

 

「…お前も相当ヤラしーな…。乳首すげー勃起してんぞ。まずはこっちから可愛がってやるか」

 

「あ、ぁぁっ……だめぇええっ! すご、い、っ…あぁ、あっ、かんじちゃ、う、…っんあぁ、ああぁっ……!!」

 

 軟膏を染み込ませるように、乳首をこね回しては軽くひねると、膣中では肉壁が蠢いて涎を垂らし、乱暴に宮城自身を揺さぶる。

 

「――も、だめっ……あぁ、いくっ、いっちゃ…う、宮城せん、せぇえっ! あぁっ、あぁあぁぁ……っ!!」

 

 先程まで散々じらされていた美穂は、やっと与えられた快楽にビクンと背中を大きく仰け反らせ、最高潮を迎えた。

 

 そして膣内では、宮城を道連れにしようと吸い上げ締め付ける。

 

「くっ……、は、……すげーな、美穂の中が超熱いぞ」

 

 ヒクヒクと震えて蜜を溢れ流す花弁から愛液をすくい、すっかり腫れあがっている淫核の尖端を撫で回す。

 

 メンソールを塗られ過敏になったところを刺激され、美穂は絶頂の余韻に浸る間もなかった。

 

「宮城先……っぁ、まだっ…まって、や、いやぁあっ…! あっあっ、あぁぁっ、またイッ…ちゃ、あぁあぁぁっ……!!」

 

「くくっ。触ってるだけで軽くイッたか。なら、連続でイかせてやろーか」

 

「やぁ…っ宮城せん、せっ、あぁぁっ! …そんなっ…に、こすっちゃ、やぁあぁぁ…っ!! 感じ、ちゃ、ぁあうっ…!!」

 

 涙目で快感に身悶える凄艶な美穂を、もっと引き出してやろうと、花芯の根元から揺さぶっては押し潰すように激しく擦る。

 

 胸の花蕾をも摘み転がすと、宮城に手折られたはずの花の蜜壺は淫欲に色付き、妖しくも美しい華を咲かせる。

 

「あっ、あぁ、んぁぁぁっ……!! 宮城せんせぇっ、あっ、ふぁああぁっ、……きもち、いぃっ……!!」

 

「……お前な、俺がこんなにしてヤるのは、美穂だけだぞっ……!」

 

「そんな、調子いいこと言っ、あっ、…あぁぁぁっ…!! あぁあ、も…だめ、また、イッちゃぁああっ、あぁああー……!!」

 

 続けざまに絶頂を遂げた花軸は、熱く昂っては宮城を圧迫し、受精を性急に請求する。

 

 根負けし、ことさら深く突き上げると、美穂は再び嬌声を上げて達した。

 

 宮城もそんな彼女に煽られ、危うくも体外に射精しながら、ともに果てた。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「あー…あっぶね、中で出すとこだった」

 

「宮城先生っ……なんで、ゴムしないの…っ!?」

 

「美穂が俺を締めつけるからだろ」

 

「~~だから、ゴムすればいいのにっ…!」

 

 文句を言いながら下着と制服を着用する美穂を背に。

 

 煙草を片手に、宮城は紫煙を混ぜたため息を、長く深く吐いた。

 

 あーあ‥

 やっちまった

 

 身勝手な事情を自重出来ず、情事で自浄させた宮城は自嘲する。

 

 恋愛は、『起承転結』でいうところの「起」が一番楽しい……はずが、今の宮城にはそんな余裕などない。

 

 愛しさや快楽を得る一方で、嫉妬、怒り、独占欲――負の感情の一切が、わずらわしくなる。

 くだらねーぜ

 恋愛アンチテーゼ

 

 苛立ちと欲望を放出して冷静になってみると、美穂という存在すら、わずらわしくもなる。

 

「ったく…、美穂のエロさ加減にはマジでまいるな。淫乱なのもいい加減にしろよ」

 

「なんでっ、宮城先生が襲ったのに、しかも激しっ……激しく、するし!」

 

「激しい? 俺はそんなにヤる気あったわけじゃねーよ」

 

「うそ、超ビンビンだったくせにっ」

 

「ビンビン言うなエロ美穂」

 

「しかも、超早かったし。ソーローのくせにっ」

 

「早漏言うなエロ美穂。……、待て、誰が早漏っ……」

 

 振り向きざまに述べようとした反感の言葉は、美穂からのキスでふさがれた。

 

「――…」

 

「宮城先生って、もっと……薄情かと思ってた」

 

 真っ直ぐに宮城を見つめる、美穂の眼差し。

 

 徐々に降下し、宮城の薄い唇に置かれる。

 

「むりやりは、嫌だけど……。でも、宮城先生が私の心配してくれてるって思ったら、なんか…嬉しかったよ」

 

 先程まで大胆にも淫らな姿でいたくせに、伏せられたまつ毛と赤く染まる頬は、美穂の奥ゆかしい恥じらいを覗かせる。

 

 思わず目を、心を奪われる瞬間――…揺さぶられる想い。

 

 全く……恋心とは、わずらわしいほどに際限がない。

 

「ねぇ宮城先生。私たちの関係って、何なんだろーね」

 

 宮城と並ぶようにベッドに腰掛けると、美穂は宮城の腕に手を添え支えにしながら、もたもたと上履きを履く。

 

「体だけの関係でも、嫉妬だってする……、よね」

 

「……」

 

 美穂の問いに、宮城は無言で煙草の火を消した。

 

 ……関係性に、名前を持たせたいのか?

 

 教師と生徒? セフレ? それとも……。

 

 美穂は?

 ‥俺と

 どうなりたい?

 

 美穂をネクタイで縛り、人間関係をも縛ろうとした宮城の行動は、肉体関係以上を望む感情から。

 

 つまり恋愛感情を暗に示していると、…美穂は気付いているだろうか。

 

 それとも、はっきりさせた方がいいのだろうか。

 

 ‥いわゆる

 告白ってやつを

 するのか?

 

 俺が、美穂に?

 

「…はー…、マジかよ……」

 

「え? なに?」

 

 ベッドから降りた美穂が、宮城を振り返る。

 

 大きな目をぱちくりとさせる美穂を前に、宮城はその台詞を考えてみる。

 

“美穂が好きだ。付き合ってくれ”

 

 ……何だこれ、小中学生かよ。

 

“あいつを忘れさせてやる”

 

“俺の女になれ”

 

 これ、拒絶とかスルーされたら相当サムいな。

 

 ……つか冗談抜きに、玉砕覚悟でこんなこと言えるかよ!

 

「あっ、チャイム鳴った。私帰るね、宮城先生」

 

 ……聞きたくねーのかよ!

 

 どうすりゃいんだよ、付き合ってる奴らどーやってデキてんだ?

 

 俺は美穂とどうなりゃいいんだよ。

 

 ……どうなるか期待していいのかよ!

 

 苦悩を表にしないよう押し黙る宮城は、保健室のドアを開ける美穂に続いて廊下に出る。

 

 そして鍵を掛け、教室に向かう美穂とは反対側に向かって歩き出す。

 

 2,3歩進んで振り返ってみると、美穂もこちらを向いていたところで、少し驚いたように笑い、軽く手を振ってみせた。

 

「じゃーね、宮城先生」

 

「あ? あー」

 

 …あー、じゃねーよ、『気を付けて帰れ』くらい言えよ。

 

 何ニヤけてんだよ、何で攻めの俺が守りに入ってんだよ。

 

 ……ってどーやって攻めりゃいんだよ、恋愛ってここからどーすりゃいーんだよ!

 

 SEXからの女付き合いをしてきた宮城は、人生で初めて、普通の恋愛のあり方とは何かを考えさせられた。

 

 廊下ですれ違う生徒の中にカップルを見つけると、一体どうやって付き合うことになったのかを問いただしてやろうかと思うほど、その答えが分からなかった。

 

 そうやって職員室に向かいながら頭をかきむしり、廊下を曲がると、一人の生徒が駆け寄ってきた。

 

「宮城先生じゃないすか! ちょーど良かった。お願いがあるんすけど」

 

 坊主頭の少年は、そう言って宮城の前に立ちはだかった。

 

「……何だ村瀬。どーした」

 

 数刻前に会っていたなら、うるさい虫は無視していただろう。

 

 だが今は機嫌がいい。

 

 少しくらいなら、戯言に耳を傾けてやろうか。

 

「いやぁー、あのっすねー、美穂のことなんすけどー」

 

 ――“美穂”、だとォ?

 

「生徒会に入るように、宮城先生から言ってくれないっすかー?」

 

 ――生徒会に入れ、だとォ?

 

 それは活動活性化のため、ではなくお前自身の不純な動機だろ。

 

 そんなに美穂を自分の所に引き入れたいか。

 

 ならなぜテメーで努力しない?

 

 なぜこの俺が協力してやる必要がある?

 

 ……はい俺様のご機嫌斜めに傾いた、もうお前の頼みは聞いてやんねー。

 

「村瀬。それは美穂が自分で決めることだ。俺がどーこー言う問題じゃねーよ」

 

 宮城は村瀬とすれ違いざま肩をぶつけ、その場を去ろうとした。

 

 しかし村瀬は引き下がらず、白衣の裾をつかむと、宮城にすがるようにして引き止めた。

 

「ちょっ、お願いしますよ宮城先生! 美穂と仲いーし、俺が言うより話聞いてくれると思うんすよ!」

 

「んだよ。俺が言っても、聞かねーことは聞かねーぞ。あの女は」

 

「けど生徒会入るの考えとくって言ってたじゃないすか。あとひと押しなんすよ、宮城先生、頼んますよー!」

 

 村瀬はわめき散らす声に振り返る生徒達の目も気にせず、だだっ子のように白衣を引っ張り続ける。

 

 こちらがうなずくまで粘る気か?

 

 案外、強引なやつだ。

 

「あのな……オマエ生徒会長だろ、それなりの行動を取れよ。つか白衣離せ、シワになる」

 

 宮城が白衣を振り払うと、村瀬少年は手を離し、うつむくように下を向いた。

 

「……どーせ、俺は生徒会長らしくねーっすよ……」

 

 気にしていた部分を指摘され、落ち込むことでさらに生徒会長らしさを失っていく村瀬。

 

 そして低い声で恨み事を漏らした。

 

「宮城先生は、あいつが生徒会入るの……反対なんすか」

 

「あぁ?」

 

「あいつが生徒会役員になったら、……『それなりの行動』取ってもらうけど、宮城先生はそれに反対なんすか」

 

「だから。反対も何も、美穂次第だろ」

 

「そーっすけど、……」

 

 ‥なるほど

 村瀬め

 考えたな

 

『それなりの行動』――…村瀬の言っていることは、こうだ。

 

“生徒会役員たるもの、他の生徒の模範となるよう、服装や行動には慎みをもつべき”

 

 つまり、美穂を教師と必要以上に接触させない、みだりに淫らな保健室に出入りさせない、ということ。

 

 今は授業をさぼりがちな生徒の心のケアとか適当な名目で、実際は体のケアに美穂が毎日保健室に出入りしても、言い訳などいくらでも立つ。

 

 しかし美穂が生徒会役員になれば、他の生徒の手前、宮城は無用な保健室への出入りを認めるわけにはいかなくなる。

 

「あいつが孤立すんのは、もともとかもしんねーっすけど……」

 

 顔を上げ、宮城を見据える村瀬。

 

 その目には明らかに敵意が宿っている。

 

「宮城先生が、あいつを特別扱いするから……他の女子がうるさくするんすよ」

 

「あぁ? そりゃヒガミってやつだ。俺は別に特別扱いなん……」

 

「あいつがいじめられんのは、宮城先生のせいなんじゃないすか?」

 

 ‥オイ

 最後まで言わせろ

 

「そーだよ、あいつが一人でいるのは宮城先生といるからだよ! 宮城先生だって、それ分かってんだろ!?」

 

 ‥クソ

 反論できねー

 

「……テメ、口の利き方気をつけろ」

 

「わかっ……、分かってるんすよね!!」

 

 ‥言い直すな

 うるせーな

 

「宮城先生も先生らしいこと言ってやってくれよ! あいつが生徒会入れば、何か変わるって!! 俺が変えるって!!」

 

「……お前が、変えるゥ?」

 

 ‥まだまだ

 ツメが甘いな

 少年よ

 

「変えるって、何をどう変えるんだ? 何か策はあんのか」

 

「それは、えっと、これから考えるっすけど……」

 

「これからァ? ハハ! そんな説得力のなさじゃ、美穂を引き入れるどころか他の生徒誰もついてこねーぞ」

 

「そ、そっすけど……」

 

「具体案でも用意してから来い。あの気まぐれ女を飼い慣らせるもんなら、やってみろ」

 

「……飼い慣らすとか、怖いから無理っす……」

 

 危うく村瀬少年に押されそうになった宮城だが、彼の浅知恵に突破口を見つけて救われた。

 

 先生らしいことを言え、などと――…およそ教師らしい振る舞いをしていない俺に、どうしろと?

 

 男としての言葉は、『村瀬テメー邪魔すんな』。

 

 教師としての言葉は、『美穂、生徒会に入れ』、『必要以上に保健室に来るな』。

 

 宮城慧としての言葉は、――…。

 

「――村瀬」

 

「な…、なんすか」

 

「テメーの恋は、テメーでなんとかしろ。俺に頼るのは筋違いだ」

 

「……」

 

 皮肉の嘲りに、図星を突かれた村瀬は、背を向けた宮城をもう引き止めはしなかった。

 

 恋敵に助けを求め、駄目なら陥れようとするなど、小賢しい男だ。

 

 しかし村瀬は気弱そうに見えて、案外肝が据わっている所がある。

 

 乾いた風が吹き込む窓に足を止め、宮城は潤いを補充しようと、白衣のポケットからリップクリームを取り出し、薄い唇にひと塗りする。

 

 メンソールがひんやりと、美穂の残り香をもたらしてくれる。

 

 先生らしさ?

 

 そんなもの、最初から持ち合わせてなどない。

 

 俺は“宮城慧”。

 

 面目や名目、照れや恥じらいなど、何を臆することがある?

 

 んな場合じゃねー、俺は俺らしくイけばいい。

 

 村瀬ごとき敵ではないが、だからこそ、あんな男に負けるわけにはいかねー。

 

 滅多にないメタ恋愛

 本気で強奪決行

 冗談にされても、それも結構

 

 奪うなら心も体も、孤独も――…、俺が全部いただいてヤるよ、美穂。

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