‥閑話休題‥
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side美穂
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「宮城先生、いいお嫁さんになれるね」
「そりゃどーゆー意味だ」
生徒会の後、宮城先生にもらった地図を見て、宮城先生の家のマンションに初めて行った日。
車で一緒に向かうとか言ってたけど、誰かに見られたら本気でヤバいから断った。
だって学校からものすごく近いし。
でも内心、
「そんな、宮城先生の家に、しかも一緒に行くなんて……」
とかすごい緊張してたからなんだけど、行ったら行ったで面白くなかった。
12階建マンションの最上階の部屋は、なんか無駄に広いし。
なんで一人暮らしで2LDK(ロフト付き)なの?
角部屋だからバルコニーが2つもあるけど、そんなにいらないでしょ?
今までどんな人が出入りしてたの?
……そんなこと口にしたら止まらなくなりそうだから、黙ってた。
宮城先生があんまり物を置かないせいか、女っ気は感じられないけど……
逆にそれがあやしい感じ。
「美穂。お前って料理は出来んのか?」
「料理…、あ、家庭科で洗い物した」
「あーそう。分かった。もういい」
そう言って宮城先生がキッチンに立って、自慢料理か知らないけど手際良くパエリアとか出すんだもん。
何この海鮮づくしご飯と茸サラダとか、保健の先生っていうか食育の先生なみの栄養バランス配慮。
「これ、超おいしい……」
「なら、まずそうな顔して食ってんじゃねー」
「宮城先生、いいお嫁さんになれるね」
「そりゃどーゆー意味だ」
嫌味だよ。
こんな小奇麗なマンションに住んでないで、料理なんてまるで出来ないで、部屋散らかし放題の方がよかったよ。
そうしたら私がやってあげて、先生にいいところ見せられたのに。
どうしよう、何ていうか、……居心地が悪い……。
「私、洗い物するね!」
せめて何か活躍しようと思って張り切ったんだけど、手がすべって高そうな食器割っちゃうし。
謝って片付けようとしたんだけど、
「いい。触るな。お前絶対手ェ切るから」
とか言って結局は宮城先生が片付けと洗い物したし。
……さっきから私、全然いいとこなしだ。
だって、私って別にいらないんじゃない?
あれ、なんで私ここにいるんだっけ……?
「何ふてくされてんだよ。来いよ、美穂」
フローリングで膝を抱える体育座りの私に、宮城先生がソファーから両手を広げて待ってる。
でも私はみじめな気分で、それどころじゃないから放っておいた。
「おい…、お前は俺を孤独死させる気か……」
私がベランダの方を向いたら、両手をだらんと下げた宮城先生の、頭をがっくり下げてしょんぼりした姿が窓に映った。
やばい、いい歳した大人なのに、その項垂れた栗色の髪をぐしゃぐしゃしたいくらい可愛い!
……って思っても、宮城先生の所に行けなかった。
だって宮城先生、本当に私でいいの……?
「美穂」
「何」
「離れすぎだ」
「距離30㎝もないよ」
「ざけんな。0㎝にしろ」
「それ密着しちゃうよ」
「密着しろよ! なんだ、今日のお前はいつも以上にそっけねーな」
……や、だって、恥ずかしい。
宮城先生と付き合えることになって、初めて学校以外で、宮城先生の家で過ごせるのに……
本当はすごく嬉しいのに、……不安になるよ。
宮城先生は、私の何がよくて一緒にいるんだろうって……。
そんなこと考え込んでたら、宮城先生がキッチンに向かうから、怒らせたかなって急に不安になった。
だから振り返ってみたら、背後から忍び寄ろうとする宮城先生と目が合った。
「わっ、びっくりした! 何してんの!?」
「チッ、見付かったか。後ろから押し倒……、距離を縮めようとしただけだろ」
「へー。押し倒して、密着しようとしたんだ」
じろりって宮城先生を見上げたら、宮城先生は頭をかいてソファーに戻っていった。
……ああ、なんで私ってこうなんだろう。
せっかく宮城先生から来てくれようとしたのに。
何だか間が持たなくなって部屋を見回したら、窓辺にある観葉植物が目に止まった。
ハートみたいな緑の葉が何枚も重なる立派な木で、私は四つん這いで近付いてみる。
葉っぱの中央と茎の付け根が赤いけど、下の方は緑から黄色くなりかけてるのもある。
「ねぇ。これ枯れてるの?」
私が振り返ると、宮城先生は煙草に火をつけて深く腰掛けたとこだった。
「それな、ハスノハギリのレッド。赤いのは枯れてねーよ、黄色は放置したからそうなった」
「あ。分かる。私も花とかすぐ枯らしちゃう」
「違う。俺のはクラスで美穂だけパンジー枯死事件とは違う」
……あ、あれは、私が生徒会役員で他のクラスを管理してたら、自分のが枯れちゃっただけ。
口を尖らせる私に向かって、宮城先生は煙草を突き付ける。
「俺はそいつを可愛がってたんだ。放置したくてしたわけじゃねー。美穂のせいだ」
「は!? なんで、私、今日初めてここ来たのに!」
「だから。お前が俺に保健室の合鍵、返しやがったから」
「……え」
あの時の、せいで……?
水やり忘れちゃうほどショックだったの?
なんで?
なんで、私のどこを好きになって、そんなになっちゃうの……!?
「ねぇ宮城先生って、私のどこが好きなの!?」
ずっと気になってたから責めるように口にしてから、……また可愛くない言い方してる自分に気付いた。
宮城先生はそんな私に、フッて鼻を鳴らす。
「なんだ。聞きたいのかコイツゥ」
「だって私、料理も食器洗いも、勉強だって、何にも出来ないし……」
「ハハ。そーいえばそーだな。逆にお前って何が出来んの?」
「そ、そうだけど、だから……」
「それで可愛くねー態度とりやがるからな。2人になっても甘えるとか全然ねーし」
「……」
自分で分かってたけど、……宮城先生からはっきり言われて、ぐっさりきた。
私だって甘えたいよ、可愛くなりたいし、でもどうしたらいいか分かんない、だから困ってるのに……!
目の奥がつんと痛くなって、涙が出そうになったから、慌てた私は葉っぱを触るふりで顔を背ける。
鼻をすする私の背中側で、宮城先生が灰皿をトントンと煙草で叩く音が聞こえる。
「何だ。そんなこと気にしてたのか」
「……気に、するよ」
「そーか。お前、なんで俺が美穂に惚れたか知らなかったのか」
散々な言葉の後で「じゃあ教えてやるよ」って宮城先生が言うから、どんなフォローをされるんだろうって思った。
ちょっとだけ期待して、心臓をドキドキ鳴らす私の気も知らないで、宮城先生が続ける。
「美穂は知らねーだろうけど。お前、時々すげー可愛いからさ」
「時々!? すげーって、ど、どこが……!?」
「そうだな。具体的には、あー……」
もったいつけて間をおく宮城先生に、私って今までどう接してたか、思い当たる所を考えようとした。
でも宮城先生は途端に取りやめる。
「やめた。やっぱ言ってやんねー」
「え、えぇぇっ!?」
「意識してやられたらつまんねーし」
「そんな、それじゃ分かんないよ……っ」
なぐさめてもくれない宮城先生に、私はさらに気を落とす。
もしかしたら理由なんてないんじゃないの?
フォローも浮かばないほど、やっぱり私はいいとこなしなんじゃ……。
じゃあ、どうして……宮城先生は今までたくさん女の人を口説いてきたのに、なんで私を選んだの!?
「ま、美穂はクールに構えてくれちゃってるけど」
そうだよ。
どうせ、私はそういう女。
なのに。
「俺はそんな美穂をどうやって口説こうか、いつも考えてるんだ」
なんで……。
「美穂は落としがいのある女だからな。な? お前は俺にピッタリな最高の女だろ」
……なんで、どうしてそんなふうに言えるの。
宮城先生の足音が近付いてくるから、手で触れるハスノハギリのハートが震える。
緑の葉の中央で、赤く染まるのは恋心。
後ろから抱き締められたら、私のハートは震えて、逃げられない。
「もうやだ、宮城先生……」
「あ?」
「私、宮城先生にどうやって甘えようか、いつも考えてるんだよ……」
あたたかな両腕に包まれると、私は安心して、たまに素直になれる。
我慢してた涙が出てきて、どんどんあふれてく。
口は悪いけど、本当は優しい宮城先生。
かっこつけすぎて困るけど、たまに見せる、少し抜けたところが可愛い人。
きっと、そんなところを好きになってた……。
「……なぁ。今の、もう一回言ってくれ」
「も、もう一回言うの? なんで?」
「すげー可愛かったから」
もう、やだよ。
余計に涙が出てきて、泣きすぎてブサイクになりそう。
「おい。美穂」
制服の袖で涙を拭う私の後頭部で、宮城先生が不満を訴える。
「距離」
そう言われて、恥ずかしいけど頑張って振り向くと、宮城先生との距離はあと10㎝くらいあった。
すぐ近くで見つめられて、困るくらいだったけど……少しだけ、遠いかも。
だから頑張って、今度は私から距離を縮めてみる。
8㎝…、7㎝、6、5、4……、
8㎝。
「……宮城先生」
「なんだよ、いいところで」
「やっぱり、私がいないと駄目なんだ?」
「それお前だろ。早くこうしたかったくせに」
そうやって、今日やっと初めて2人で笑い合えた。
いくら私から遠ざかっても、いつも宮城先生に引き寄せられる。
だからハートが鳴りやまない。
……ほらね。
一気に、0㎝。