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先生と生徒

不浄な感情?

宣誓と星斗

過剰な愛情!

 

【chapter07】――――――――――――――――――――――――――

 12月下旬。

 

 学校は冬休みに突入する。

 

 教師と生徒が関係を持ったとなれば、一番避けなければならないのは第三者への発覚。

 

 そういった意味で、この長期休みはいいタイミングだ。

 

 ――「宮城先生が好きって言うと、軽い気がしてたけど……」

 

 あの女ァ……

 

 思い知らせてやる必要がありそうだな。

 

 そう考えていた宮城にとって、クリスマスは格好のイベントだった。

 

 2学期、最後の登校日。

 

 体育館で行われた終業式の後、教室に戻る生徒達の中からその一人を見つけ出し、宮城は斜め後ろから声をかける。

 

「よォ美穂」

 

「……あ。宮城先生」

 

「お前、クリスマスは予定あんの?」

 

「イブは昼に、お姉ちゃんと少し出掛けるけど」

 

 探りを入れる宮城に、美穂も自分の都合を告げた。

 

 その言い回しから察するに、宮城が誘えば承諾するだろう。

 

「なんだ。姉妹で仲良くなったもんだな」

 

 そう言って、宮城はわざと何の約束も取り付けないまま別れた。

 

 他の生徒の手前というより、ここは美穂に期待をさせておいた方がいい。

 

 イブに美穂を迎えに行き驚かせた後、車で郊外に連れ出そう。

 

 満天のイルミネーションで気分を酔わせ、うっとりしている美穂にプレゼントを渡し、抱き締めて感激させる。

 

 これでサプライズは決まりだ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 12月24日、日没。 

 

 美穂の携帯電話とメールアドレスは聞いていたが、この日まで宮城は何の連絡も取らずにいた。

 

 その間、美穂から何も連絡がないのは癪だったが、虚しいことに全て想定内。

 

 予定通り作戦を遂行すればいい。

 

 美穂の家の近くにある公園で待ち伏せし、1時間以上寒空の下で待たされたが問題ない。

 

「……えー!! やっぱり宮城先生だ!!」

 

 声をかける前に、ベンチに座る宮城に美穂が気付く。

 

 駅から帰宅途中だったのだろう、姉と一緒にいた美穂が駆け寄り、嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「はい、カイロ。……うわ!! ほっぺた冷たっ!! ずっと待ってたの!?」

 

 美穂は両手で宮城の頬を撫で、心までをあたためる。

 

「あー。冷えきったカラダを、美穂にあっためてもらおーと思って」

 

「……もう。連絡、くれたらよかったのに」

 

 美穂が宮城に向ける、やわらかな微笑み。

 

 静かな沈黙が、時を止める。

 

 ゆっくりと美穂の手を引いて、胸に抱き寄せる。

 

 そして唇を重ねようとしたところで、宮城は本来の趣旨を思い出した。

 

 急いでキスは取りやめ、公園から近くに停めた車まで移動し、助手席に美穂を乗せる。

 

 そうして宮城は、美穂を連れ出すことに成功した。

 

 宮城の計画は完璧だった。

 

 行き先も告げない宮城に美穂は首を傾げていたが、あとで分かることだ。

 

 美穂の姉と一緒にいた元生徒会長のことは忘れよう。

 

 そう、ここまでは良かった。

 

 高速に乗って目的地に向かう途中、それは起きた。

 

≪RRRRR‥≫

 

「宮城先生。電話鳴ってるけど」

 

「運転中だ。ほっとけ」

 

「誰か気にならないの? 見てあげようか」

 

「触るな。ほっときゃいんだよ」

 

「へー。女なんだ」

 

「あぁ? 何でだよ」

 

「バイブ音のリズムがいつもと違う」

 

「……」

 

 適当な嘘でもつけばよかったものを――

 

 美穂の鋭さに感心してしまったことで、宮城は言い訳のタイミングを逃した。

 

 完璧だったはずのサプライズ計画が、狂い出す。

 

「私、クリスマスとか大嫌い」

 

 宮城の弁解を待たず、美穂が続ける。

 

 そうだ、電話は一方的にかけられるだけで、宮城に浮気心があるわけではない。

 

 宮城は道路の先に視点を置いたまま、美穂の出した話題を展開させる。

 

「クリスマス嫌いっつかアレだろ。美穂は自分一人っての突きつけられるのがイヤだったんだろ」

 

「別に、一人には慣れてたし」

 

「淋しさに慣れとかあるかよ。孤独に自由より不安を感じるなら、お前は淋しがりなんだよ」

 

「別に、そんなんじゃ……」

 

「そもそもクリスマスはプレゼント交換の日じゃねんだよ無神論者どもが。ま、俺もそーだけど。むしろ“オレ教”だしな、わはは」

 

 さりげなくプレゼントの用意があるとほのめかし、今日この日を共に過ごしたいのは美穂だと伝える。

 

 完璧だ、そう思った宮城の笑いの後に、美穂の返答はなかった。

 

 照れたのかも知れない。

 

 そうだ、気に病むな。

 

 再びマナーモードで震える携帯には、運転中だから出ないだけだ。

 

 高速の下では、日の落ちた闇に点々と灯る家の明りが見える。

 

「しっかしイルミネーションとか、薄い幸せイミテーションだよなー」

 

 思いつくまま駄洒落を口にしてみたものの、これは美穂に頷かれると後々自分を追い込む話題だった。

 

「ま、いくら飾り立てても、それがどう映るかは見る側の受け取り方次第だな」

 

 慌てて自分の意見をフォローすると、窓ガラス越しに外の景色を指でなぞる美穂を視界の隅で確認する。

 

 人は白だと言おうが、黒だと言い張るのが美穂。

 

 綺麗だと思うならそう言えばいいものを……、黙っていられる方が厄介だ。

 

「……で、お前さっきから何怒ってるわけ?」

 

 地雷を踏む覚悟で、宮城は美穂に尋ねてみる。

 

「何黙ってんだよ。言いたいことあるなら言えよ」

 

 変に勘繰られるよりは、宮城もはっきりさせておきたいところ。

 

「オイ。いー加減にし……」

 

「……だって私が何言ったって、宮城先生の携帯鳴るのは仕方ないし」

 

 ‥‥

 やっぱりそれか

 

「だから……女関係は全部清算したっつったろ。信じらんねーのかよ」

 

「……」

 

 再三の呼び出しをする携帯電話を手に取り、宮城は電源を切る。

 

 すると美穂がポツリと呟いた。

 

「宮城先生。私のこと、……どう思ってるの?」

 

「どうって?」

 

「……」

 

「何だよ。だから、今はお前しかいねーよ」

 

「……」

 

 ……とは言ったものの。

 

 確かに、言葉だけでは説得力に欠けるだろう。

 

 美穂は相変わらず運転席の方を見ようとしないし、宮城もこれ以上は言いようがない。

 

 しかし、そのための今日だ。

 

 宮城はハンドルを左に回してインターを降り、車を郊外へと向かわせる。

 

 傾斜のある山間の片側一車線、歩道も街灯もない夜道ではヘッドライトだけが行方を照らす。

 

 やがて目的地を前方に確認し、宮城は沈黙の続く車内で運転席側の窓を小突いた。

 

「見えてきたぞ。あれだ」

 

「? ……!? なに、あれ……!」

 

 闇夜に突然浮かぶ光の洪水。

 

 それはリゾート施設で行われる巨大イルミネーション。

 

 大規模なイルミネーションを見るのは初めてのようで、美穂は「なにあれ!」と10回ほど連呼した。

 

 駐車場に到着し車から降りた後も、興奮のあまり「なにここ!」とさらに10回ほど連呼した。

 

「すご! なにここ! ねぇなにここ!」

 

「あぶねーよ、バカ」

 

 色とりどりの電飾に目を輝かせる美穂の腕をつかまえ、それを利用し手をつなぐ。

 

 美穂の方はすっかり上機嫌になったようで、足取り軽く園内を進む。

 

「イルミのタワーとかある! ねぇ宮城先生、なにここ!」

 

「観光名所内の日本一のイルミ。今年は電球数400万以上らしーからな」

 

「ふーん。あ、そっか。こういうとこ知ってるなんて、さすがだよね」

 

「あ?」

 

「今年は、って。去年は誰と来たの?」

 

 ‥‥まだ

 根に持ってやがる

 

「何だそりゃ。ヤキモチか?」

 

「ち、違うよ! だって宮城先生、さっきの電話の人とかも……いいの?」

 

 申し訳なさそうに手を緩める美穂の指に、宮城はようやく理解した。

 

 美穂の心配は宮城ではなく、電話の相手に向けられていたことを。

 

 ‥‥全く、

 美穂らしいよ

 

「お前が心配することじゃねーよ」

 

「……そうだけど……」

 

 今日は、クリスマスイブ。

 

 これまで世間がどう騒ごうが、宮城には何の思い入れのなかった日。

 

 それが美穂と付き合うことになってみれば、恋人らしく過ごせる都合のいいイベントとなる。

 

 しかし――。

 

「お前はそう言うけどな。もし俺が引き返して、一人になってもいーのかよ」

 

「……別に。同情なんか、いらな……」

 

「同情だと? ざけんなバカ女」

 

「ば、ばっ……」

 

「俺が美穂と来たいと思ったから来ただけだ。それをお前が帰れっていうなら、来た意味ねーよ……」

 

 誰かに遠慮し、宮城といることに引け目を感じてしまうのは、美穂の優しさ。

 

 かといって今日を楽しめないとなれば、宮城の行動は無意味となる。

 

「……私……っ! うれしかったよ、宮城先生来てくれて……!!」

 

 しゅんとうなだれて見せると、美穂は慌てたようにまくし立てた。

 

 機嫌をうかがおうと顔を近付けると、自分の発言に頬を染める様子から、怒っているわけではなさそうだ。

 

「……あっそ? ならいーや」

 

「~~っ!!」

 

 ニッと笑ってみせると、美穂は宮城から顔を背けて先を急ぐ。

 

 つないだ手で、宮城を連れながら。

 

 寒空に輝く光のトンネルをくぐっていると、やっと恋人らしい時間を過ごせている気になる。

 

 それでもどこか隔たりがあるのは、……出来れば今日、間を詰めたい。

 

「わ……。なにここ、すごいキレイ……」

 

 ふと、美穂が足を止める。

 

 ライトアップされた白い建築物に、宮城は頭に叩き込んだ案内図を引っ張り出してひけらかす。

 

「礼拝堂だな。コンサートや挙式なんかもするらしいな」

 

「へぇー。結婚式とか、いいなぁ」

 

 そう言って建物を見上げる美穂に、宮城は話をそらそうとして、やめた。

 

 美穂が結婚を迫っているわけではないのは分かっているし、宮城も同感だ。

 

 ただ、あの村瀬少年のおかげで――2人の間では結婚云々について見解の相違からケンカになりそうになり、保健室の合鍵を突き返されたわけだ。

 

 その解決のタイミングを計ろうとしていたが、……いいチャンスかもしれない。

 

「おい。そういえばクリスマスプレゼントやるよ。指貸せ」

 

 出来るだけ何気ない素振りでポケットを探る。

 

「……へ? ど、どっちの手?」

 

 話の流れから、多少なりとも想像はつくだろう。

 

 小さなジュエリーケースを取り出すと、美穂は明らかに動揺した。

 

「利き手に指輪はジャマだろ。左だ」

 

「……左手!?」

 

 美穂がうろたえながら差し出す左手は、寒さで冷たくなっており、かすかに震えていた。

 

 細い指に指輪を通そうとしたとき、婚礼の儀でもないのに、宮城も不思議な緊張感で手元がもたついた。

 

 ……そうだ、ここは神聖なる礼拝堂。

 

 宮城は気を取り直し、その場に片膝をついて、美穂の指にリングをくぐらせる。

 

 調子に乗って手の甲に口付ける演出までしてみせると、美穂は真っ赤になった。

 

 そして辺りを見回し、通行人に言い訳するように文句を言う。

 

「……えぇっ、小指~?」

 

「ガキにゃそれで充分だろ」

 

 立ち上がった宮城が美穂の頭を撫でると、美穂はむくれて頬を膨らませた。

 

「ガキって……じゃあ卒業したら、大人?」

 

「大人じゃねーよ。まだガキだな」

 

「じゃあ成人式迎えたら、大人?」

 

「あんなん『子供』の卒業式なだけだ。20歳なんて大人のひよっ子だ」

 

「じゃあ30歳とか、40、50なら、大人!?」

 

「わっはは! 俺からしたらな、お前なんかいつまでたってもガキだ。いや、けど50はババアだな……。美穂ババアか」

 

「せ、先生はジジイのくせにっ」

 

「フッ。ま、その頃にゃまた違うプレゼント贈ってるさ」

 

「えっ……」

 

「万が一、一緒にいたらの話だな」

 

「あ、うん……」

 

 煌々とライトに照らされる礼拝堂を、2人並んで見上げる。

 

 結婚なんて仮定の約束を、そうそう簡単にしてたまるか。

 

 未来を紡ぐ過程で、1つ1つ順にこなせばいい。

 

 結婚して、家庭をつくるだの、そんなものは先々にとっておける。

 

 今はこうしてつなぐ手の幸せから、じっくり育んでいきたい。

 

「指輪をどの指にするかで、どんな意味があるかは諸説ある。しかも石が乗っかってりゃ、さらにだ」

 

「……うん」

 

「この指輪は特別高いもんじゃない。何の飾りもない、ただのリングだ」

 

「……」

 

「けど、もし来年。俺らがまだ一緒にいたら、もっといい指輪を贈る。次の年、その次の年も、そのまた次もだ」

 

「……宮城せんせい……」

 

「そんでいつか、極上の石が乗っかった指輪を贈る時が……」

 

「……贈るとき、が?」

 

「来、るかも、しれねぇなって話だ」

 

 ハハハ、と照れを笑い飛ばす宮城の隣で、美穂はうつむいた。

 

 鼻をすする音が聞こえ、その顔を覗き込むと黒い瞳から涙が落ちた。

 

「あれ。お前なに泣いてんの」

 

「ないてない、ばかっ……」

 

 曖昧な誓いとはいえ、ぼろぼろと泣き出し、何度も目元を拭う美穂を――

 

 愛おしい、と両腕の中に包み込んだら、また人前であることを気にするだろうか。

 

「……さっきの。言っとくけどな、俺ここ来たの初めてだから」

 

「うん」

 

「あとな、女に指輪贈るのも初めてだから」

 

「……うん……」

 

「何かアレだろ……、期待とか誤解とかさせたらアレだろ。だから、」

 

「……もう、うるさい。黙って」

 

 胸に抱き締めた美穂が、爪先を伸ばして宮城にそっと唇を重ねる。

 

 ‥サプライズ

 仕掛けたのは

 俺のはずなんだけど

 

「宮城先生」

 

「あ?」

 

 間の抜けた声で口元を押さえる宮城に、瞳を潤ませた美穂が嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとう、私……きっとこれから、毎年この日を待つよ」

 

 毎年12月24日の御予約を賜る。

 

 胸に熱く響く、最高のクリスマスプレゼント。

 

 イルミネーションの輝きに包まれる中、ゆっくりと天から降る光は、雪だった。

 

 これからも幸せを降り積もらせて、2人で埋もれてしまいたい。

 

「メリークリスマス、美穂」

 

 ――そんな、近い未来の秘密の誓い。

先生に教えて-君の【秘蜜】-  end

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